2026年11月6日金曜日

26.10.31-11.01 Eroica

 今年もEroicaに参加してきました。

今回は茨城県で開催です。現地に行くだけで疲れる・・・。

初日はEroica villageの会場付近の水戸市とひたちなか市を観光。

まずは昼ご飯に茨城名物のスタミナラーメンを頂きました。


ラーメンに野菜たっぷりの餡がかかってる感じでした。

日本3大名園とされる偕楽園へ

偕楽園

天保13年(1842)に水戸藩第九代藩主徳川斉昭が造園構想し開園した庭園

孟子の「古の人は民と偕に楽しむ、故に能く楽しむなり」の一節からとったもので、藩主や藩士だけでなく庶民にも開放しました。

斉昭は詩歌や非常食になることから梅を好んでおり、偕楽園も梅の名所として知られています。


好文亭

木造二層三階建ての本体と木造平屋で構成されています。
斉昭が建築意匠から建てる位置まで定めたとされています。
名称は梅の異名「好文木」から付けられました。

吐玉泉

地形の高低差を利用して集水し、景観を考慮した白色の井筒で造られた湧水泉


続いて近くの弘道館へ。

弘道館

天保12年に仮開館し安政4年に本開館した藩校

藩士とその子弟が学び、入学年齢は15歳で卒業はなかったそうです。

諸役会所

弘道館記拓本
岩に彫刻した石碑を1枚の紙に摺ったもの


ひたちなか市に戻って国営ひたち海浜公園へ


国営ひたち海浜公園

到着したら閉園間近・・・。

見頃を過ぎたコキア。見頃過ぎているけどたくさんモコモコしててよかったです。


滞在時間は30分くらいでしたがいい景色も見れて満足です!


夜は久々にキャンプしました。

今回は自転車にキャンプとアウトドア好きにはたまらない楽しさを詰め込んだイベントでした。

ちょっと寒かったけど、準備した装備で十分耐えられました。


当日は朝6:00スタート。テントの片付けなどしていたので、少し遅れてスタート。

しばらく走ってスマホを持っていないことに気づきました・・・。

最初のチェックポイントでようやく前の集団に追いつきました。
珍しい自転車の参加者さんに写真撮らせてもらいました。
この自転車で自分と同じコース走るとはスゴイです!

2つ目のチェックポイントは十王ダム
ここからは山岳コース。コース最大標高を越えて、再び市街地へ下ります。
一昨年の伊豆を思うと全然楽。

3つ目のチェックポイントはおさかなセンター。
ここで昼食。う巻きとあら汁を頂きました。
結構豪華だったけどスマホがなく写真撮れなかった・・・。

4つ目のチェックポイントは大洗。
神磯の鳥居の近くでした。
対面の大洗磯前神社も見てきました。


グラベルコースを越えて、5つ目のチェックポイントは涸沼
再度グラベルコースを通って商店街で最後のチェックポイント。
あとはゴールのEroica villageへ。

ゴール後はカレーと豚汁を頂き、近くの温泉で汗を流して帰宅の途へ。
シルバーウィーク以降、まともに走れてなかったですが、ミドルコースの150kmしっかり走れました。
久々にしっかり走った気がします・・・。

初日は観光したかったのと当日はスマホを忘れたのでEroicaっぽい写真がほとんど撮れなかった・・・。フリマも全く見れず・・・。
来年はフリマも楽しみたいです。



2026年9月23日水曜日

26.09.22 いなべ

5連休のシルバーウィークですが、計画立てておらず、急遽近場でサイクリングルートを探し、見つけたいなべ市へ。 
 だいぶ暑さも弱まって、サイクリング日和でしたが、前日からの台風の影響か風が強い・・・。

まずは三岐鉄道のめがね橋へ。撮り鉄の方もいて有名な写真スポットみたい。
ここのめがね橋はコンクリートブロック製なのが特徴みたいです。   
三岐鉄道大泉駅隣にあるふれあいの駅で昼食。
おにぎりを頂きました。
名物のうりぼ~ののジェラートも頂きました。

ルートの一部はツアー・オブ・ジャパンのコース。
コースの最高地点に看板がありました。
桐林館(旧阿下喜町立尋常小学校)はいなべ市初の国登録有形文化財
校門と石柵も有形文化財に指定されています。
距離の割にアップダウンが多く、町から離れると休憩スポットもなく休むことなく漕いでいたので思ったより疲れました。
天気が悪かったりであまり乗れていないので体力不足か・・・。

スタート地点に戻ってからは近くの温泉で汗を流して帰ってきました。

2026年9月6日日曜日

26.09.05 福井

 今回はずっと気になっていた福井県立恐竜博物館へドライブ旅。


福井県立恐竜博物館


恐竜博士がお出迎え

1Fの常設展示から見学。主に恐竜の種類の紹介がされていました。


竜盤類
タルボサウルス(アジア最大の肉食竜)

ティラノサウルス・レックス
ブラキオサウルス・アルティトラクス

ティラノサウルスやタルボサウルスなどに代表され、現在の鳥類を含む獣脚類と
ブラキオサウルスなどに代表される地球史上最大の陸上動物を含む竜脚類が属しています。
腰の骨の一つ恥骨が前方斜め下に突き出ている点が特徴

角竜類
ほとんどが4足歩行で草食性の恐竜。
頭の後部の骨が発達してできた「襟飾り」が特徴
トリケラトプスが代表的な恐竜

堅頭竜類
頭頂部が厚くなって盛り上がっていることが特徴
角竜類・堅頭竜類

ヨロイ竜類
全身が板状の骨やトゲ、コブで覆われた4足歩行の草食性の恐竜

剣竜類
首から背中、尾にかけて板状の骨や細長いトゲが並んでいるのが特徴
板状の骨は体温調整の役割もあったとされている

ヨロイ竜類・剣竜類

鳥脚類
主に2足歩行の草食性の恐竜。4足歩行する大型の種類もいる。
イグアノドンやハドロサウルスなどが代表的な恐竜



日本の恐竜

フクイラプトル・キダニエンシス

2000年に日本で初となる新種の恐竜として報告された恐竜


中国の恐竜

オメイサウルス

全長20mとされる四足歩行の草食恐竜


トォオジャンゴサウルス
全長7mの大型剣竜類の四足歩行の恐竜

ガソサウルス:3.5mの中型肉食恐竜
シュノサウルス:全長12mの四足歩行の草食恐竜
尾の先端の骨がコブ状に膨らんでいる

2Fの展示は進化の歴史と哺乳類が展示されていました。


ウインタテリウム

オオツノジカ、マンモス

特別展示 竜脚類

地球史上最大の陸上生物竜脚形類の謎に迫る展示です。


巨大化の仕組みとしてドイツ ボン大学のマーティン・サンダー博士によると以下の4要素が考えられるそうです。

1.咀嚼せず飲み込むことで多くの食糧を短時間で摂取でき、長い首によって歩き回らずに広い範囲の植物が摂れる

2.鳥のような気嚢を活用して効率よく酸素を呼吸しエネルギーが作り出せす

3.呼吸のエネルギーにより急速に成長し大きな体を得た

4.小さな卵をたくさん産み、絶滅リスクを回避できた


エウヘロプス

1929年中国山東省で発見された竜脚類でアジアの竜脚類研究の幕開けといえる恐竜


日本の竜脚類

フクイティタン・ニッポネンシス

1980年代から2007年にかけて発掘された新種の竜脚類の恐竜


館内のレストランで昼食を食べてから出発。


ついでに近くの観光スポットにも寄ってきました。


大師山清大寺(越前大仏)

昭和62年に落慶したお寺。

大仏殿

鉄筋コンクリート造りの重層寄棟で東大寺大仏殿を上回る建造物


大仏坐像

毘瀘遮那仏坐像をモデルにした身の丈17mの銅鋳造物

奈良の大仏を上回るサイズです。

毘瀘遮那仏は如来や菩薩のつながりを体系づける中心仏で宇宙観の思想に基づく至高の仏とされています。


九龍壁

中国北京の北海公園にある中国の国宝第一号に指定された装飾壁の再現

越前を流れる九頭竜川にちなんで設置されているそうです。


五重塔

上階からは境内が一望でき、奥には勝山城も見えました。


永平寺

寛元二年(1244)に道元禅師によって開かれた座禅修行の道場

中雀門

仏殿

大庫院

唐門
傘松閣 絵天井の間

どちらのお寺もなんとなく立ち寄りましたが、すごいスケールのお寺でした。


帰路の途中にもう一軒。


めがね博物館

視力を補うための眼鏡は1300年頃ヴェネチアのガラス製造技術の発達とともにヨーロッパで誕生したとされています。

顕微鏡の光学技術から眼鏡に発展したそうです。

レーベンフックの顕微鏡(1670年)

Littman式スリットランプ (1950年)

日本には1551年フランシスコ・ザビエルが周防の大内義隆に眼鏡を献上したことがはじめとされています。その後、宣教師らが大名や領主に贈答品として送ったことで浸透していったとされています。

国内では1684年から1704年に京都、大阪、江戸で本格的な眼鏡生産がはじまりました。

明治になると教育の普及や印刷技術の発展で活字を読む文化が広まり、眼鏡の需要が拡大しました。

こうした中、福井の現在の生野町の豪農であった増永五左衛門が雪深い生野の人々の生活の糧になる生業として眼鏡枠製造を始めました。

1905年に大阪から職人米田与八を呼び寄せ眼鏡枠製造を始め、翌年には東京から名工松島松太郎を呼び寄せ金、銀、赤銅製の枠づくりを学びました。


赤銅眼鏡の伝統製法

精製

赤銅眼鏡の材料は銅と金と少量の錫を混ぜて合金の強度を出す。

竿秤で材料を計り、成型していく


切る

合金を車地の引き板に通しさらに細く加工する


縒る

赤銅眼鏡のモダン(テンプルの耳に掛かる部分)は細い針金を網で編んだ構造(繩手)になっており、繩手を作成する


部材を作る

a.螺子を作る

電動工具がない時代には職人が手作業で螺子を作っていた


b.蝶番を作る

c.山を作る


ろう付け


智、山、手、モダンとフレーム本体を溶接する工程

銀ろう(銀、銅、亜鉛の合金)で接合する。

高価な眼鏡だと銀70%を用いている。


伸ばす

繩手で縒ったモダン部分とろう付けした後は、スウェージング機に通し表面を滑らかにする。


磨く

擦り板に枠をあてて磨き上げる


成形する

玉型を使って丸く成形し蝶番と螺子で固定する


色付け

着色を施す工程

緑青や胆礬と呼ばれる硫酸塩鉱物を原料とする染料が使われた


眼鏡の変化

江戸時代には中央の額あてを起こし、紐を耳にかけて使用していました。

真鍮製ひも掛式眼鏡(江戸期1850年)


江戸支柱式天狗眼鏡
明治初期には金属製の手がつくようになりました。
頭痛押さえ眼鏡
明治4年の断髪令以降、耳たぶの上まで差し込める形状に変化しました。


長手押さえ眼鏡
昭和になるとレンズの形に変化が見られ、鼻あてが装着されるようになり、現在の眼鏡の形に近づきました。
昭和初期~30年代に作られた眼鏡

福井ではヨーロッパ進出を視野により高品質な眼鏡を製造するべく、新素材への追及が行われ、そこで着目されたのがチタンでした。
1983年日本初のチタンフレームの眼鏡が誕生しました。
チタン眼鏡(チターナ)

裸眼ですが、ショップでいろいろなメガネを見ました。

ゆっくりメガネを見る機会が少ないので、いろいろなフレームがあるのに驚きました。


しっかり福井の名所を楽しむことができました。