2018年9月23日日曜日

18.09.23 阿寺の七滝

今回は阿寺の七滝へ

道中は適度なアップダウンに木陰も多く、とても気持ちよく走れました。

到着。駐車場から七滝へ徒歩で向かいます。

七滝へ向かう途中にも滝がありました。

七滝へ到着。
阿寺の七滝

七滝
 七滝は全長約64m。
上から2m、4m、2m、25.5m、7.5m、13m、9.3mとなっています。

三の滝
阿寺の七滝駐車場から新城市内までは緩やかな下りが多く、気持ちよく走れました。

走行距離:105.75km
巡航速度:23.2km/h

2018年9月18日火曜日

18.09.16 伊勢志摩

今回は伊勢志摩へ。
まずは道の駅伊勢志摩をスタートし伊勢神宮へ。

道の駅から伊勢神宮までは道幅が狭く、走り辛い・・・。
追い越し車はいったん止まらないといけませんでした。

伊勢神宮は前回の式年遷宮の時に来ましたが、今回もすごい人で賑わっていました。
伊勢神宮

気温は高かったですが、神宮内は木陰が多く涼しかったです。

おかげ横丁をぶらり。すごい人で移動が大変です・・・。
おかげ横丁

おかげいぬ みくじ

次は最近話題の伊勢シーパラダイスへ。
伊勢シーパラダイスまでもバイパスのような道を通らなくてはならず、走り辛かったです。
伊勢シーパラダイス

砂の上のペンギン、カリフォルニアアシカ
ノコギリエイ、コツメカワウソ
ノコギリエイは飼育日数1万日を超え、国内最長寿だそうです。

現在開催中のカワウソウ選挙に出馬している双子のツメナシカワウソ「きらり」と「ひらり」。二匹が水槽ではしゃいでいました。
どちらかは分かりません・・・。でも、総選挙頑張ってほしいです!

先ほどのカワウソの兄弟の「ゆるり」

昨年のヒレアシ甲子園の覇者、セイウチの「ひまわりちゃん」と

たんぽぽちゃん。

ちょうどセイウチの散歩タイムでした。
たんぽぽちゃんには水たまりの水をかけられました・・・。

滅多に見られない生き物を間近で見られて満足です。
水族館の規模は小さいですが・・・。

近くに夫婦岩があり、こちらも見学してきました。
たまにきれいな夕日の写真などを見たことがありましたが実物は・・・。
夫婦岩
意外と岸に近く、小さい・・・。
ちょっとがっかりです。

休憩がてら赤福氷を食べてきました。
赤福氷
あとは道の駅まで一頑張りし無事ゴール。

アップダウンが多く、距離の割に疲れました・・・。
気温は高かったですが日差しは弱く、走りやすかったです。
ようやく自転車日和になってきたので、いろいろと計画したいですね。

走行距離:83.23km
巡航速度:21.7km/h

2018年8月18日土曜日

18.08.14 下呂温泉

夏季休暇はいろいろ事情があり、遠出はできませんでした。
今回は実家の近場、下呂温泉へ。

近い為、道中いろいろな場所に寄りました。

まずは東白川村のつちのこ館へ。
つちのこ館
この付近ではつちのこの目撃情報が多く、その証言をもとに造られた
つちのこの資料館です。
毎年5月につちのこ探しを行っています。

次は加子母の乙女渓谷へ
つちのこにも気をつけながら、涼しい森できれいな水と滝を楽しめました。
①乙女渕 ②ねじれ滝 ③和合の滝
展望台でつちのこ館で買ったつちのこ焼を
つちのこ焼き
休暇中は車移動が多かった為、いい運動になりました。

次は近くの明治座へ
明治座

2階席から

創建時から残る娘引き幕
創建時に村の娘たち75人が作った引き幕
屋号と娘の名前が入った模様が特徴
ここは明治に建てられた歌舞伎舞台小屋。
岐阜で、当時の姿を現在まで残すのはここだけとか。

しっかりガイドも、してもらえました。
①鏡板 名古屋の御園座リニューアル時に譲り受けたもの②花道 ③一般用楽屋 
④一流役者用楽屋のサイン 六代目中村勘三郎、坂本龍一、ジブリ鈴木敏夫のサイン
⑤小道具部屋 ⑥奈落 回転舞台 ⑦すっぽん(人でない役が舞台に出る場所)

9/2に公演があるそうなのでいってみようかな。

昼頃に下呂へ。
まずは名物 けいちゃんを。
けいちゃん
〆が焼きそばでした。おいしい!

温泉街へ。
着いたあたりから雲行きが怪しく・・・、
案の定、降られました。1時間ほど足止め・・・。

雨が落ち着いてから、すこし散策。
 至る所にかえるが
かえる神社
 カエル神社まで
賽銭を投げるとお告げがきけます。ケロケロ

温泉博物館へ
下呂温泉博物館
下呂温泉や日本の温泉に関する資料がありました。
足湯も楽しめました。

こちらの温泉につかって帰ってきました。
白鷲乃湯
 大正時代から続く公衆温泉。レトロな外観がいいですね。
シャンプーなどは備え付けられていないのでご注意を。

もう一つ露天風呂へ

クアガーデン露天風呂

近場でしたが、堪能できました。

2018年8月17日金曜日

18.08.02 各務原航空宇宙博物館

今回は各務原航空宇宙博物館へ。
2月のリニュアル後ようやく行けました。

屋外にはANA塗装の国産旅客機YS-11などの名機が展示されています。
新明和 US-1A 救難飛行艇 川崎 P-2J 対潜哨戒機
下)YS-11-500R 中型輸送機 戦後初の国産旅客機


展示は時代順になっており、航空機の歴史を見ながら
その時代を代表する機体が見れました。

1.航空機と航空機産業のはじまり
まずは世界初の飛行機ライトフライヤー号

有名なライト兄弟が世界初の有人飛行に成功した飛行機です。

まずは各務原での航空機製造の歴史を紹介。
1914年に川崎造船所(現 川崎重工)がフランスの主力偵察機サルムソン2A2の製造権を取得し国産化に取り組み、1922年に各務原飛行場で初飛行が行われました。
このサルムソン2A2は初めて作られた機体の模型です。
乙式一型偵察機(サルムソン2A2)
ここから、各務原の航空産業がスタートし、1927年8月までに300機が製造されました。

2.戦前・戦中の航空機開発
飛燕と零戦
第二次世界大戦当時日本の航空機技術は世界トップクラスでした。
飛燕と零戦はそんな当時の航空機技術を示す機体です。
左)飛燕 二型6117号機 
  川崎ハ104エンジン(レシプロ・エンジン液冷倒立V型12気筒)、過給機
右)海軍十二試艦上戦闘機(零戦 試作機)
  三菱ハ42エンジン(レシプロ・エンジン空冷星型18気筒)

特に飛燕はここ各務原にしか残っていない貴重な機体です。
まずは飛燕の紹介から
1941年に各務原で製造、初飛行した機体。
当時の川崎航空機産業(現 川崎重工)の土井武夫氏が主任設計者として設計されました。
当時では珍しい水冷式エンジンを搭載したシャープなフォルムが特徴です。

零戦などに搭載されている空冷式エンジンに比べ生産性も悪くダイムラーベンツのDB601をライセンス生産したハ140エンジンですが本家同等の性能がなかなか出せず、戦後近くには資材不足もあり稼働できたエンジンはわずかだったようです。

戦後日本の戦闘機は米軍に資料を含め処分されましたが、
展示機は戦利品としてアメリカが接収し、星条旗の塗装などもされていたそうです。
その後、日本に返還後は戦後間もない時期で「戦争」をイメージする本機の貰い手が見つからず、雑な扱いなどもされながら数年前まで鹿児島の知覧特攻平和会館に展示されていました。

今回、リニューアルに向けて譲り受け、設計・製造元の各務原の川崎重工岐阜工場で復元修理がなされ、塗装をなくし、貴重な技術資料として展示されることになりました。

展示されている零戦は試作機です。1939年に各務原で初飛行を行いました。
飛燕を設計した土井武夫氏の東京帝国大学の同期、堀越二郎氏が設計を行いました。

ちなみに、各務原飛行場は国内最古の飛行場で、試験飛行場として設立当時から現在まで航空機メーカー、軍、自衛隊で試作機の試験で使用されています。

3.戦後の航空機開発
第二次世界大戦で敗戦した日本は、GHQの管理下で戦時中の航空機や設計図の処分と7年間の航空機製造を停止させられました。その後、開発が再開されるとさまざまな技術への挑戦が積極的に行われました。
①川崎 KAT-1 練習機(1953)川崎重工製 
 ライカミングGO-435-C2B(空冷水平対向型6気筒)エンジン搭載
②川崎 KAL-1 連絡機(1953) 川崎重工製
 ライカミングGO-435-C2B(空冷水平対向型6気筒)エンジン搭載
 各務原で戦後初めて設計・製造された国産飛行機
 戦後初の引き込み脚,全金属製の国産機 
③ロッキード/川崎 T-33A ジェット練習機(1955)ロッキード社製(川崎重工ライセンス生産)
 アリソン J33-A-35(遠心式ターボジェット)エンジン搭載
④防衛庁技術本部 高揚力研究機 X1G(サーブ・サフィル91B改)
 国産航空機の開発の為の研究機
⑤富士 T-1B ジェット練習機(1958)富士重工(現 SUBALRU)製
 初の国産ジェット機
⑥UF-XS実験飛行艇 新明和工業製(重要航空遺産)
 国産飛行艇開発のためにグラマンUF-1飛行艇を改造した実験機
 国内初のコンピュータ制御による自動飛行安定装置など独創的な技術を多数搭載

①日大/伊藤忠 N-62 イーグレット 軽飛行機(1964)
 ライカミング O-320-B2B(空冷水平対向型4気筒)エンジン搭載
 日大工学部と伊藤忠航空整備(現 ジャムコ)が共同設計し1964年に初飛行した軽飛行機
②ロッキード/三菱 F-104J 要撃戦闘機(1961) ロッキード社製(三菱重工ライセンス生産)
 石川島播磨 J79-IHI-11A(一軸式アフターバーナー付ターボジェット)エンジン搭載
 日本初の超音速機
③航技研/富士 FA-200改 STOL実験機(1966)
 1966年から現JAXAがFA-200エアロスバルを改造し短距離離着陸(STOL)用に
 高揚力装置を付けた実験機
④三菱 T-2 高等練習機(1971)
 石川島播磨 TF40-IHI-801A(アフターバーナー付ターボファン)エンジン搭載
 国内で独自開発した初の超音速ジェット機
 三菱重工を中心に、富士重工、川崎重工、新明和が協力し日本の航空機産業の技術力を結集
⑤富士 T-3 初等練習機(1974)
⑥三菱 T-2 CCV研究機(1983)、航技研 低騒音STOL実験機 飛鳥(1985) 川崎重工製

1980年代からはボーイングなどと共同で大型旅客機の開発にも参画しています。

また各務原はヘリコプター生産の中心地にもなっています。
右から 川崎ベル式47G3B-KH4型ヘリコプター、
川崎KHR-1(リジットローター実験ヘリコプター)
川崎式BK117型ヘリコプター
OH-6J 新型式ローターシステム実験機
川崎 XOH-1 観測ヘリコプター実物大模型

4.空から宇宙へ
まずはロケットから
①H-Ⅱロケット 1994年打ち上げ成功した純国産2段式液体燃料ロケット
②H-ⅡBロケット 日本最大のロケット
国際宇宙ステーションISSへ補給機こうのとりを打ち上げ
③H3ロケット 2020打ち上げ予定の大型ロケット
④M-Vロケット 固体燃料ロケット 1997~2006に7回打ち上げ
小惑星探査機はやぶさ、X線天文衛星すざく、太陽観測衛星ひのでを打ち上げ
⑤イプシロンロケット 固体燃料ロケット 2013~
H-Ⅱロケットフェアリング
ロケットの先端に積む人工衛星などの積荷を打ち上げ時の熱などから守るカバー
ボルト内の爆薬でボルトが切断されカバーが開く仕組み。
展示はH-Ⅱロケットの開発段階の試験で使用されたもので各務原で作られたそうです。

人工衛星
①光衛星間通信実験衛星 きらり 
②通信放送技術衛星 かけはし
1998にH-Ⅱロケットで打ち上げ
③宇宙実験・観測フリーフライヤー 宇宙の無人実験室
1995にH-Ⅱロケットで打ち上げ

宇宙ステーション
①国際宇宙ステーション ISS アメリカ・ロシア・日本など15ヵ国で運用
実験・居住などの各ユニットが結合されている。
1998年から組立開始し2011年完成。現在も交代しながら6人の宇宙飛行士が滞在
②宇宙服と宇宙遊泳噴射装置 スペースシャトルの船外活動用に開発
③日本実験棟 きぼう ISS最大の実験モジュール
 スペースシャトルで3回打ち上げ・組立を行い2009年完成
 船内では微小重力実験、宇宙線を使用した実験、
 船外では宇宙空間を利用した実験、宇宙観測等を行っている。
④きぼう内部 船内保管室
⑤きぼう内部 福島県産の暖簾

宇宙探査
小惑星探査機 はやぶさ2
 2014年にH-ⅡAロケットで打ち上げられた小惑星探査機
小惑星Ryuguを探査し岩石資料を持ち帰ったはやぶさの後継機
2020年末地球へ帰還予定

火星探査車 キュリオシティ、
マース・エクスプロレーション・ローバー
NASAが火星探査用に送った無人探査車
リニューアル後は展示も見やすく、楽しめました。
すこしでも多くの国産機が飛んで欲しいものです。

2018年7月2日月曜日

18.06.30 竜の子街道 18.07.01 名古屋能楽堂7月公演

今回は会社の自転車部で竜の子街道のサイクリングへ
西尾から常滑までの道を竜の子街道と言うそうです。

今回は道中のテキサス・キングバーガーで昼食
テキサス・キングバーガー
すごいボリュームで苦しいです・・・。

最後に西尾の八百屋のジェラートを
フレスカのジェラート
メロンとレモンにしましたが、さっぱりしていておいしかったです。
フルーツの果汁をそのまま使っているそうです。

不安定な天気でしたが、雨には降られずゴール帰宅できました。
日が出ていると結構暑く、だいぶきつい季節になってきました。

走行距離:93.88km
巡航速度:21.6km/h

次の日は名古屋能楽堂の7月レクチャー公演へ
GWに名古屋城ついでに寄った能楽堂で得た情報でレクチャー公演に行ってきました。

まずは、前回の札幌で知った情報として現存する控訴院の1つ名古屋控訴院へ
名古屋市市政資料館(旧名古屋控訴院地方裁判所区裁判所庁舎)
大正11年(1922)建設 外壁は赤レンガと白の花崗岩、ドーム・上屋は銅板
ネオ・バロック様式の外観が特徴。
昭和54年(1979)に名古屋高等・地方裁判所が移転するまで使用されました。

札幌控訴院とは比べようもない豪華さと大きさ。
こんな名建築が名古屋にあったとは驚きです。
内装も豪華です。
中央階段
中央階段は大理石で正面はステンドグラスになっています。
罪と罰が釣り合うことを意味して天秤をモチーフにしているそうです。
3F大法廷
B1F 独房
現在は名古屋市市政史料館として使われていて、
そのほかにも会議室などとして市民に活用されているそうです。

まだ時間があったので先日完成したばかりの名古屋城本丸御殿へ
本丸御殿

名古屋城本丸御殿内部 左上)上洛殿
できたてなので、とてもきれいです。
上洛殿は寛永11年(1634)徳川家光の上洛に合わせて
増築された最も格式高い部屋です。
彫刻

彫刻類も非常に精巧で美しいです。

天守閣を久々に近くで見れました。
名古屋城天守閣

時間になったので能楽堂へ
能楽堂
既に入場を待つ人で行列ができていました。
舞台
自由席だったので少し遠いけど舞台正面を確保しました。

今回のレクチャー公演は能が「頼政」、狂言「通園」でした。
それぞれ公演前に解説がありました。
能は歴史の史実を歌と踊りで表現したもので、
歴史ミュージカルの様なイメージだそうです。

「頼政」は源頼政が平家と戦って敗れ宇治の平等院で自害した実話をもとに、
旅僧が宇治で景色を眺めていると老人が現れ、宇治の名所を語りながら
平等院へ僧を案内します。
そこで、老人が頼政の霊であることを告白し、自身が自害するまでの状況を説明します。
敗戦の様子を語った頼政は僧の前から消え失せてしまう。といった内容です。

ちなみに、能は仮面劇で、仮面をつけているのは霊などこの世に存在しないものを
表しているそうです。今回の場合は頼政が能面をつけ、僧はつけていません。

詞章が配布されていたため、それを見ながら聞きましたが、
いまいち内容が分かりませんでした。やはり敷居が高いです・・・。

次に狂言の「通圓」。狂言はさまざまなことをパロディー化したもの。
「通圓」は能の「頼政」をパロディー化したものです。
あらすじは、旅僧が宇治橋のたもとを通りかかると、
無人の茶屋に茶湯が手向けられており、近くの人に聞くと
宇治の茶屋で大量のお茶を点てて狂い死んだ「通圓」という茶坊主の話を聞きます。
ここで通圓の霊が現れ、自身が亡くなった有様を語り出し、
語り終えると僧の前から消えてしまいます。

能「頼政」と同じ構成で進み、「頼政」では300騎の軍勢が襲ってきて
必死に戦ったがここで最期と決め、自害する様子をダイナミックに演じていましたが、
同じダイナミックな演技で、300人にお茶を点てる様子を表現しており、
その様子が面白かったです。

狂言の方が面白く感じましたが、理解するにはやはり難解です・・・。

日本の伝統芸能に触れるいい機会になり、貴重な体験ができたと思います。